会話が苦手な人が信じている事が三つある。反論は自分への攻撃、人は見下すか見下されるかしかない、意見が同じである事が仲良くなる事。会話が上手な人はそれらに従わない。許容し、裁かず、自尊する
Twitter / 為末 大 (via raurublock)
痛感しています。 (via interglacial)
飯の種として炎上ネタばら撒いてるチキりんより上野先生の不用意な発言の方が激しく炎上するの、養殖物は天然には敵わないという世界の真理を感じる
善良か、あるいは普段有能かどうかに関わらず、人間はほぼ例外なく「自分に都合のいいデマを見抜く」ことに無能である
gakujin:

まだツイッターどころかブログすらなかった1999年発売のゲームだけど、ネットに関する深い話が語られている #シルバー事件 (via Twitter / KeytanKTN)

gakujin:

まだツイッターどころかブログすらなかった1999年発売のゲームだけど、ネットに関する深い話が語られている #シルバー事件 (via Twitter / KeytanKTN)

孤独癖にも難儀なところがあって、それは、自分と違い、「えー?」「うそー?」「まじー?」などと、いかにも親しげな雰囲気を放ち、笑いを絶やさず話している若者などを往来や電車で見かけると、どうしようもなく苛立つ、という点である。ただの嫉妬と言われればそれまでだが、その一言ですまされるのは何とも業腹だ、などと考えていて、はたと気付いたことがある。自分が苛立つ、親しげに話している若者の表情が、自分の職場、田町近辺で目にするサラリーマンの表情と全く同じだったのだ。

なるほど、と自分は勝手に得心した。周りに放たれるほどの「親しげな雰囲気」は、過剰なのだ。自分は本当にこの仲間の一員であるか、いや実のところ一員でなどいたくない気持ちもある、実際のところ利害関係のために付き合っているだけだ、といった本音を隠すために、そういう集団の人々は、親しげな雰囲気を過剰に放出し、常に笑いを絶やさずにいなければならないのだ。その過剰さ、わざとらしさに自分は苛立つわけで、自分の苛立ちは故なきことではなかったのだ。

これはオーディオメーカーにハッキリ言いたいのですが、今の若い人たちがスピーカーで音楽聴く環境ってどういうシチュエーションが多いんだろう? と考えると、喫茶店や牛丼屋のシーリングスピーカーくらいなんですよ。あれが日本人の耳を駄目にしてると思うんです。

具体的には?

あのスピーカーで聴くと、一生懸命録ったギターの音などもガッカリするほど全く聴こえずに、ボーカルの音ばっかり大きく出てきます。しかもボーカルも日本語のレンジに合わせているから、幅の狭い音域で録られている状態で聴こえてきてしまう。だからここ数年、若いバンドの曲をミックスすると、極端にボーカルを大きくしたいって言ってくるんですよね。彼らの普段聴いている音楽がそういうバランスで録られているんです。スタジオで聴いた作品を飲食店のシーリングスピーカーで聴くと、そういったバランスになって聴こえるようになってるんです。

良いか悪いかは別として、カラオケスタイルになるんですね。

そうですね。リスニング環境が変わってきているのと、インスタントになんでも手に入るから、作品に対峙して聴く人ってのは少なくなったのかもしれないですね。もちろんミュージシャンは研究的にはしっかり聴くとは思うんですけど、バンドを支えてくれる一般の人たちの耳が衰えてきてるんじゃないかと思います。

男はファンタジーなわけです “過去にヤレた女は
またヤレるはずだ”
と思い込んでるのです なので例えば
フェイスブックで
元カノが突然 「私、結婚することになりました!」 と、ウエディングドレス姿で
スマイル全開の写真を公開しても 「う、う、嘘だろ? 
 いや、今度もし再会したら
 昔よくいったワタミに行って
 ほっけを食べながら乾杯し
 ほろ酔い気分になったところで
 エレベーターで抱き合いキスをして
 そのまま熱い夜を過ごすだろ?
 あ・の・こ・ろ・の・よ・う・に!」 と思ってる
ファンタジーな生き物なのです 女は上書き保存マインドなので
昔の彼氏なんてのは、どうでもよく
“今好きな人”のことで頭がいっぱいです
相手に理解できる知能がないと論破は不可能。