鑿といえば、刃物界の王者と言われた、千代鶴(ちよづる)の初代・千代鶴是秀(これひで)のエピソードは感動的だ。
明治時代に大阪に「江戸熊(えどくま)」と呼ばれて、関西一円に名をとどろかせた名人の大工棟梁がいた。
彼は出身が江戸だったので大阪でそう呼ばれていたのだが、当時、天下一の刃物職人と言われていた千代鶴是秀に鑿一式の製作を手紙で依頼した。
数ヶ月して、千代鶴是秀は製作した鑿一式を風呂敷に包み、汽車を乗り継いで江戸熊の家に納品に来た。
是秀は静かに風呂敷を広げ、江戸熊に鑿を見せた。
江戸熊はそれらを丹念にあらためながら、秀逸な出来に感動した。
江戸熊は「いくらですか?」と値段を尋ねた。
当時、鑿一式の平均的な価格が約三円の時代だ。
今でいう三万円ぐらいか。
是秀はその時、小さな声で「百円です」と答えたという。
江戸熊は表情も変えず、女房にお金を持って来るように指示し、耳を揃えて支払った。
その後、ささやかな酒宴が設けられ、二人の名工は次第に打ち解けていった。
江戸熊は「実は・・・」と言って、鑿の代金を用立てるための質札を是秀に見せた。
是秀はこれを見て表情も変えず、自分の懐から質札を出して江戸熊に見せた。
「実は、汽車賃を作るために質屋に行きました。」
質札を出し合った二人は、一瞬の沈黙の後、大笑いをしたという。
名工と呼ばれた職人ですら貧乏な時代だった。
貧乏だったが、当時の職人達の仕事に対する情熱とプライド、こだわりと精進は想像を絶するものだった。
日本人の心の縮図が垣間見れるエピソードであるが、お金がすべての現代では、意味すらも理解できないエピソードだろう。
生まれたときに喜びツイートをしていたのかは覚えていない。けど。
最近「子供がうるさい」「妻がうざい」「恋がしたい」というようになって。
前ふたつはまぁともかく、恋って何だ既婚者。
そしてついに「子供が寝てくれない。夜泣きつらい。頼みもしないのに妻は寝ている。」っての読んで。
もぅムリ。。。マヂ病み。。。と思ってそっとアンフォローしたわけです。
夜泣きくらい承知の上で子供をつくったんじゃないのかとか。
昼間子供の面倒を見て疲れている妻が、夜寝てはならんのかとか。
読むたびつらくなった。
wak0990:

クソの役にも立たない伊賀野さんと局長

wak0990:

クソの役にも立たない伊賀野さんと局長

cosplaygirl:

DSC_1735 | Flickr - Photo Sharing!

土田世紀は、2012年4月に43歳という若さで亡くなった。

アルコールから抜け出せない生活で、アルコールのせいで死んだ。晩年は金銭的余裕もなく、出版社から献本された本を中古書店に売り、それでお酒を飲むこともあったと聞いている。

『編集王』の中には、マンボ好塚というアルコール中毒の漫画家が出てくる。そして、そのマンボ好塚は、アルコール中毒のせいで人間関係を失い、死んでいく。20代の土田世紀は、どんな気持ちでそのシーンを描いていたのだろう。まるで将来の自分自身を描いたようだ。

僕は『編集王』を読みながら、一度も会ったことのなかった土田さんに話しかけたくなる。

「自分に呪いをかけちゃだめだよ、土田さん。土田さんが信じてるように、マンガには力がある。力があるからこそ、呪いをかけちゃだめなんだ」

土田世紀を野球に喩えると、直球しか投げないピッチャーだ。しかも、ストライクだけに投げて、それで三振を奪ってこそ、本物のピッチャーだと考えている感じだ。球はするどい。でも、その球だけではな生き抜けない。

周りにいる人たちは、その不器用すぎる生き方からどうやれば土田さんを救えるのか、わからなかったことだろう。土田さん自身も、自分の不器用さからの抜け出し方がわからなくて、苦しんでいたのだと思う。

僕は、土田さんが、なぜ『夜回り先生』を描いたのか、読者として疑問に思っていた。でも、『編集王』を読み直した今はわかる。土田さんこそが、そんな人に出会って救ってほしかったのだ。救ってほしくて、描いたマンガだったのだ。